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オリンピックを見てて連想した事、思った事


まず、柔道の松本薫の試合前の様子が、エンジェル伝説の北野くんに似ていると思った。

imagesCAJK1WDY.jpg

見た目というか、様子がヴァンダレイ・シウバのようだとも思った。



アーチェリーの早川が、競技のために3回も繰り返しレーシック手術を受けたとの事。
http://www.asahi.com/sports/intro/TKY201207310031.html?id1=2&id2=cabcahdb

漫画、銃夢でサイボーグのスポーツ競技でチャンピオンが脳改造をしていたのを思い出した。
これも、ちょっとした人体改造だなと思った。
ドーピング等との線引はどこにあるだろうか。


それから、卓球の石川佳純がサーブ前にピョンピョン跳ねて「ふー」と息を吐く様からブルース・リーを連想した。

考えてみると卓球という競技も中々凄い。
ボクシングとかやっても良い線行くんじゃないか。

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認知の穴

オリンピックの開会式で、インド選手団に、関係ない謎の女性が混じっていた件。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120729/k10013945281000.html

あまりの堂々とした様が笑えた。

けど、インドは激怒し、警備が問題視されていた。


その人は、結局ショーに出演していた人だったらしく、外部からの侵入者では無かった模様。


だが、いくら厳重なチェックをしても人間が判断する限り、こういった事は起こりえると思う。


人間の認知には穴があるものだから。


昔なら3億円事件てのもあった。
警官に変装して、もっともらしい事を言って、鮮やかに騙して3億円盗んだ事件。
http://ja.wikipedia.org/wiki/3%E5%84%84%E5%86%86%E4%BA%8B%E4%BB%B6


以前有名になりTVでも取り上げていた動画。
「白いユニフォームを着たチームがバスケットボールを何回パスするか、数えてみてください。」
と言うやつ。
http://bunshun.jp/pick-up/sakkaku-kagaku/


似たようなものに最近はこんなのもネットで見た。
男性の場合、結構...
http://blog.esuteru.com/archives/6355830.html



以前、読んだ手品のテクニックに関する本だったか記事にこんなものがあった。

手品師がある時、ショーの途中で暑くなってジャケットを脱いで椅子か何かにかけて置いた。
しばらくして、客の一人が叫んだ「あっ!?服が変わってる!」
手品師は逆に驚いたとのこと。


人は何かに集中していると、何気なく堂々と関係ない事をやられても結構気がつかない。


人間の判断や操作があるようなシステムは、こういった穴がある事を前提とすべきだと思う。

アメリカの銃乱射と、日本のイジメ

滋賀のイジメの件がまだまだ盛り上がっている。


どうしたものかと考えていて、フトちょっと前に見て驚いた話を思い出した。
アメリカでちょくちょく起こる学校内での銃乱射事件を防ぐにはどうしたら良いか?と言うもの
→案:学校へ銃の持ち込みを許可する。

いっその事、誰もが持っている状態、誰が持っているか分からない状態にすれば、銃を抜く抑止力になり、万一銃を撃たれても、一方的な虐殺にはならないと言う考えから。

流石アメリカン、スゲーなとは思ったが、一理あるとも思った。



では日本では
そもそも学校でどこまでやるべきなのか。
滋賀のあの事件まで行くと、大体誰でも「じゃれてる?遊んでた?何言ってんだ!」と思うのではないだろうか。
だが、ではどこまでがじゃれ合い、遊びになるのか?

大体の人は、滋賀の件はひどいと思いつつ、ではガッチガチに取り締ること、以前にも似たことを書いたが、大人並みに、悪口言ったら「名誉毀損」ちょっとでも手を出したら「暴行」と言うふうに判断して罰を与える事は、やり過ぎ、おかしいと思うのではないだろうか。

なぜなら「子供はじゃれ合うもの。ケンカ的な遊びの中で学ぶこともある。」見たいな考えが暗黙の了解として、多くの人の中にあるのではないか。

だから、明確なルールではなく「空気」によって何となくで判断し、暴力的な事も許したり許さなかったり。

滋賀の担任を擁護する気はないが、教師もそう言う意味では大変だと思う。


自分もクレーム対応的な仕事を、異なる職場でやったことがあるが、責任の範囲が明確かどうかでストレスは全然違った。
「ここから先のことは責任外です」と言うことが許されている職場は楽だった。


現状、結局、そう言う教師の空気を読む力量や善意に頼っている訳だ。


その辺りの事を今のままで行くならば、これも以前似たことを書いたが、いっそ「身を守るための暴力は許可する」とハッキリ明文化し、その為の武器は持ち込み許可する。
催涙スプレーとかスタンガンとか。
それも一計ではないかと思う。

そんな事絶対やらないだろうけど…

扱いの差


上野のパンダの子供が死んだ。

献花台が作られ、ニュースで報道され、大層な扱いだ。



友人と、他の動物との扱いの差について話題になった。


扱いの最底辺と言えば、例えばゴキブリ。

前に見た、この画像を思い出した。
goki.jpg



その画像を探す過程で、今日、「ごきチャ」と言うキャラクターを知った。
こんな感じの漫画
1297252235.jpg
http://www.amazon.co.jp/dp/4832241745


プラモデルまで出ている模様。
http://www.amazon.co.jp/dp/B004TVYBEM

こんなのあったんだ。




似たような話は他にも鳥で言えば、トキとカラスの差とか色々あるけど、人間の性質として、「価値に差を付けて対応を判断する」メカニズムがあるので、どうしても生じてしまう事なのかもしれない。

敵、味方、頼りになるヤツ役に立つヤツ...
人や動物だけでなく、物、道具だってそう。
原始時代からやってることだ。



この歌も思い出した。
「221B戦記」
何故人間の一生は平等でないのか?
そんなの当り前じゃない。生きるって事は不条理って事よ。
http://www.youtube.com/watch?v=fxKMGq3nxwY

滋賀県大津市のいじめ自殺について

滋賀県大津市のいじめ自殺について
http://matome.naver.jp/odai/2134154868878368001

「いじめ」と言うとソフトに感じるが、やってることはえげつない。
大人同士が同じ事やったら完全に警察沙汰だ。

むしろ大人なら、これだけの事を出来るってヤクザとかマフィアとか一線越えちゃってる人種だけだろうと思う程の残虐ぶり。



しかし今後も基本的にイジメは無くならないと思う。
と言うか、正確に言うとイジメをする人間、される人間はいなくならないと思う。
人間、と言うより動物の性質、本能としてあるものだと思うから。

いくら頭良いふりしても、所詮、人間も動物なので。
人間とチンパンジーは遺伝子が殆ど同じと言う事は良く言われる。
人間だからと特別視せず、猿の一種と考えたほうが、社会を理解する上でスッキリすると思う。



一応、システムをこう変えたらイジメも無くなるか、減るのではないかと言う考えはある。

1.数の問題
さかなクンが、海の中では喧嘩やイジメ等しない種類の魚も、狭い水槽に沢山いれると、イジメを始めると言っていた。

動物が持つナワバリ、パーソナルスペース的な物が干渉している事から争いが生じると言う考え→1クラスの数を減らす。
具体的に何人減らすと、どれくらいストレスが減るか等は実験などで分かるんじゃないだろうか。

感覚的に言っても、30~40はやはり多いと思う。
まるで根拠はないが、とりあえず10人くらいなら色々と余裕も出来そう。



2.ルールの問題
冒頭に書いたように、大人がやったら犯罪として捕まるような事も、この件にかぎらず、だいたい高校生以下では、あまり取り締まられることも無い。
例えば大人同士だったら一発殴っただけでも大問題になる。
悪口ですら、「脅迫」「名誉毀損」とか面倒くさい問題になる。


実際、今回のイジメ事件も被害者の親は何度か警察に相談したけど、スルーされていたと言った話も聞いた。

年齢という治外法権があるようなものだ。


と言うことで、大人並みに厳格に取り締まる。
警察が手間がかかって嫌だと言うなら、義務教育でも、学校の裁量で罰則としての停学・退学、罰金を課せるようにする。
懲役等の代わりに、体罰も公式に導入。
感情に任せた体罰にならぬよう、職員会議等でルールブックに基づきジャッジした後に、「尻を丸出しにさせて竹刀で10回叩く」等、予め決められたスタイルによってシステマティックに体罰を与える。



3.環境の問題
イジメなどで子供が死ぬ度に「死ぬくらいだったら学校なんか行かなきゃ良かったのに」と思う。
まあ、自分が子供だった頃を思い出すと、確かにその時は、学校が世界の全てだったので、仕方のない事なのかもしれないが。


と言うことで、通信講座とかで、学校行かなくても授業を受けられるようにする。
通信大学だってあるんだから、義務教育でもあったって良いじゃないかと思う。

TVもデジタル化でチャンネルも増えたし、インターネットも相当普及したのだから、その気があれば難しくはないと思うのだが。
図書館等にビデオ資料として置いといても良いし。
案1,2より、コストも手間もかからなそう。

自宅でやるも良し、学童保育的な施設でやるも良し、市の会議室等を利用してサークル等で学習しても良し…



ただ、以上はシステムを変えないといけない話なので、もしやるにしても一朝一夕に変わるような話ではないだろう。
それに何十年も前から同じような事件が繰り返される事からも、行政に期待はしない方が良いと思う。




最後の解決策は、「自己解決」

まずは、現実をシビアに認識する事から。
案2でも書いたように、現実には高校以下の世界は治外法権。
大人の一般社会と同じルールでは動いていない。

暴力をふるっても「遊んでた」「プロレスごっこ」と言えばそれで通る世界。

やはり狙われやすいのは「暴力はいけない」と言う事を信じて真面目に守ってるようなタイプだと思う。
仕掛ける側はそれが建前であることを見透かしている。
かつ、獲物が反撃して来ないことも見透かしている。


例えば頑張って「止めろ!」なんて言っても、それでも相手が止めなかった時にどうする?
それでも止めなかった時のカードを持っていて初めて「止めろ!」と言う言葉も力を持つし、言う方もカードが無ければ言葉に気を込められない。


つまり、仕掛ける側は「止めろ!」が、"ただそれだけ"のモノだと見くびっている。
ハッタリと同じであると。

カードと言うのは、分かりやすいのは暴力。
やられたらやり返すと言うシンプルなもの。
これは、技術よりも、本気で攻撃出来るかどうかの胆力や覚悟が重要。

武道か何かをやらせていても、「暴力はいけない」の呪縛に縛られていて、実際使うことが出来なければ意味は無い。
見透かされる。

「"暴力はいけない"は建前。イザとなれば暴力は使っても構わない。むしろ使わなければいけない場面もある。」
この認識をしっかりする事。

また、カードは暴力に限らず、人心掌握に長けていて、逆に仲間はずれにしてやれる政治力を持っているとか、怖くて強い兄貴がいるとか、不良と友達だとか、親が実力者で相手の親を政治的にどうか出来るバックを持っている事とか、あるいは最近ならデジタル機器やネットを利用する術やサイバー戦に長けており、相手の弱み、プライバシーをネットにばら撒く事が出来るとか…
要は具体的な、相手にリスクを与える「反撃力」の事。


つまり解決策は、早い話が「戦え」って事。


もう一つは案3と方向は同じだが、案3で上げたような環境が無くても、逃げてしまえと言う事。
家庭の事情が許すなら留学とか、フリースクールとか、在宅自習とか、学校行かなくても稼げるような技術を磨いておくとか。
家庭の事情が許さないなら、学校行ったフリしてバックレる。
真面目っ子なら図書館等に行って勉強でもしておけば、将来への備えにもなる。
勉強が嫌いなら体でも鍛えておく。
ひたすらジョギングでもするか、自然がある環境なら色々メニューも組める。
鍛えた体も将来の備えになる。


自己解決が一番手っ取り早く、確実と思う。
また、イジメ的な事は学校だけで起こるのではないので、その後の人生スキルとしても重要。
そもそも自分が将来親や、子供を指導する立場になった時にまた必要になる事でもある。

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