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運転で考えたことシリーズ 「逸脱する事が前提のルール」


本当は本題と関係無かったが、ちょうどタイムリーだったので、この話題も絡めて。
ミキハウス社長が「交通事故で100万人以上が死んでる。原発でそんなに死にましたか?」と橋下の脱原発を批判したとの事。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1720173.html


この発言そのものについての感想は、上記の掲示板でも散々
・交通事故で何万人も避難する必要があるか。
・交通事故で何十Kmと言う範囲が何年も居住不可能になるのか。
・交通事故で事故の後始末に何年もかかるか。
等、書かれているように、事故の性質が異なるので比較するのはナンセンスであると言う事。

他これも散々書かれていたが、放射能汚染について特に気にしていると思われる層は、ミキハウスのメイン顧客層と被るであろうに軽率だね。
と言った辺り。



それはそれとして、交通事故で何十万と死んでいるのは事実。
戦争並だ。
冷静に考えると、これも原発並みに真剣に対応を考えるべき事なのかもしれない。

しかし、それを深刻に捉えて考えている人は、あまりいないように思う。
ミキハウス社長の本意も、決して交通事故を憂いた発言ではなく、おそらく「車だってそんだけ死んでんだから、たかがあんな事故でガタガタ言ってんじゃねえ」辺りではないか。

感覚が麻痺してるのかもしれない。

福島の事故が起きるまでは、殆どの人が、原発に無関心だったように。

やっぱり、残念ながら、自分も含めて、人間、それほど想像力のある生き物じゃないのだろう。
自分は事故より前に、忌野清志郎のサマータイムブルースや
http://www.youtube.com/watch?v=GpF3hoKLiFY&feature=related

ナターシャ・グジーさんを
http://www.youtube.com/watch?v=ry_WACFd8Ds&list=FLbh1421Y2j4VxlWnIW1R2ZA&index=2&feature=plpp_video

知っていたのに、やっぱり無関心だった。
人事だった。

忌野清志郎は、そう言う、政治的な芸風だと思ってたし、「電力は余ってる」辺りの歌詞には「そりゃ無いだろう」なんて、調べもせずに笑いながら聞いてた。


ナターシャ・グジーさんの話と歌には衝撃を受けて涙を流して同情したにも関わらず、やっぱり内心「崩壊したような国、共産圏のソ連の事だし…」と、どこかバカにしていた。


※余談だが、「チェルノブイリの時、ソ連だったよな?」と確認の為、検索して見たページのチェルノブイリ事故のくだりが、あまりに笑えなかったので、引用しておく。


それまでロシア国内の大きな事件や事故は政府によって隠され、情報操作されることで、その本質的な問題点は明らかにされることはありませんでした。しかし、チェルノブイリ原発の事故は、あまりにその規模が大きく海外にもその被害が及んだため、情報の隠蔽が困難でした。なおかつ海外メディアが詳細な情報をどんどん発表することになり、ソ連の国民は海外から最新の情報を得ることができました。そして、それらの情報は彼らが予想したとうり、事故の最大の原因は人為的なミスの積み重ねであることを示していました。その事故は、ソ連の腐敗した官僚組織がそれぞれの立場で手抜きをし、知らん振りをし、責任逃れをしたことから起きた世界最悪の人災だtったのです。
 この事故により食糧不足はより深刻なものになりましたが、それ以上に問題だったのはソ連の国民の多くが、やはり自分たちの国のシステムは根本的に誤っていたのだ、という確信をえてしまったことでした。

↓こちらのページより引用
http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/gorbie-yeltsin.htm



引用部分はとりあえず置いといて、人間の多くは、自分の身に火の粉がかからなければ、なかなか自分の事として、考えられない。
その感度にも差があるようだ。
だから、福島の事故も、人によって、地域によって、捉え方に温度差があるのだと思う。



車の運転等もそう。
そんだけ死んでるんだから、確率で言えばかなりのものであるはず。
宝くじに当たるより、遥かに高い。
ちらっとググったら、ジャンボ宝くじ1等の確率の450倍と言った話があった。
http://ameblo.jp/tadashiohta/entry-10236570247.html


「宝くじ当たったら」とドキドキする人は結構多いが、「交通事故で死んだら」とドキドキする人はあまりいない。

運転もそれなりに雑に思う。
例えば、法定速度をキッチリ守っている人が、いるだろうか?
守っている人の方が珍しい。

むしろキッチリ守っている人など「遅せーよ!」と煽られクラクション鳴らされ「車の流れに乗れよ」と迷惑者扱い。


ほぼ誰も守ってないと言うのは、ほぼ誰でも知っているのではないだろうか。
警察官すらも。

しかし、一々捕まったりはしていない。
捕まるのは、オーバーの程度がヒドイ場合か、たまたま運悪く取締りに遭遇した人。


例えばこれを、厳格に運用したとする。
時速1kmでもオーバーしたら容赦なく捕まえる。
片っ端から捕まえる。

これだけでもそうとう事故が減る気はするが、到底やる気配は無い。

要は、ある程度の違反があることが、前提、暗黙の了解になっている。

「事故で死ぬ」事を意識する人も少ないが、こう言った、逸脱を前提としたルールの奇妙さを意識する人も少ない。

これは「空気読めよ」と言う時の「空気」だろうか。


なんて事を、道路を走りながら考えた。


さらに考えてみると、交通ルールに限らず、似たような事は色々とあると気がつく。

例えば、性の問題。
「不純異性交遊」とか言って、子供の性はタブー視する。
真面目に子供と向き合い、「これこれこういう理由で子供はダメ」と教える大人はほぼいない。
何となくタブーにする。

けど、先々のことを考えれば、その子にずっと性をタブーとされても困るはずなのだ。
一生性をタブーにされたら、世代はそこで終わるから。
特に、「親が結婚相手を決める」なんて時代は終わり、各々が相手を見つけなくてはならない時代。
実は深刻に考えないといけない問題なのかもしれない。

性を「いけない行為」と考えるとおかしな事になる。
親がそれをしてなければ、子は生まれていないのだから。
親からしてそのタブーを破った日があったと言う事。

では問題は行為でなく年齢なのか?

しかし、タブーが嫌悪感等と結びついてしまった子は、ある日を境にそれを払拭できるだろうか。

「今日から俺は」って漫画が昔あった。
内容はどうでも良いのだが、そのタイトルを知った時、フト思ったのが、「よくドラマや漫画で老人は一人称が"ワシ"だけど、年取ったら変わるのか?」と言う事。
「昨日まで俺、60歳になったので、今日からワシ」とか。
ちょっと想像すると、無いなと思う。

同じように、本人の中で常識みたいになっている物を、ある日を境に切り替えると言うのは、性格によっては難しいのではないだろうか。

ダメと言われたことを隠れてやるような悪ガキは心配ない。
悪ガキでなくても、"空気"を読んで、立ち回れるような子も心配ない。
言われた事をキチッと守る、犬みたいに真面目な子ほど心配だ。

と言うか、既に問題が顕在化しはじめているような…


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