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京都の交通事故について武術的に考えたこと

京都で立て続けに"事件"レベルの交通事故があった。

武術的に思う所があった。

武道、武術、格闘技と言い方が色々あるが、自分はずっと武術と言うつもりで取り組んで、考えてきた。

武道や格闘技と何が違うのか。
大きいカテゴリーでは同じような物だが、端的に言えば、想定がストリートファイトであると言う事。
いつ始まるか、相手の大きさ、武器の有無、人数…そう言った事まで想定に入れるのが武術だと思う。
もっと言えば、相手は人間か?
相手の人間が、"武器"として犬を連れている場合もある。

田舎だったら野犬やイノシシ、熊に会ったらどうするか?
そんな事も考える。

しかし確率で言えばもっと危ないことがある。
車、バイクなど交通事故だ。


武術の究極目的は、人生の途中で不本意に死なない事、長寿でなくても、役目をある程度終え、天に
召されるまでは死なない事ではないかと思っている。



危険予測というのは教習所で習う。
良い方(自分の都合に)に考える「大丈夫だろう」ではなく、悪い方に考える「かもしれない」運転。

あそこに子供がいるが、歩行者信号は赤だし、大丈夫だろう。
ではなく、
あそこに子供がいる、信号が赤だけど、飛び出してくるかもしれない。
こう言った思考が危険回避の基本だと思う。



流石にあのレベルを回避するのは色々な意味で難しいと思う。
時速100kmで背後から突っ込まれたら、大人で武術などを長年やっている自分でも、難しいと思う。
ましてや身体能力、注意力に劣る子供など尚更。

しかし、それでも、危険予測のような事を教え、訓練していたら、犠牲者も減るのではないかと思う。



フォトレタッチソフトやペイントソフトの概念、レイヤー。
要は階層構造の事だが、この世界のルール、法則も、レイヤーのような物と思う。

つまり、「信号を守る」「制限速度を守る」と言うのは、人間同士の約束、社会システムルールのレイヤー。
言ってみれば、ジャンケンで「同時に手を出す」とか「グーかパーかチョキのどれかから出す」と言う"ルール"と同じレイヤー。
当たり前の話だが、物理法則を曲げたり縛ったり出来るものではない。
同じ"法則(ルール)"であってもレイヤーが違うので干渉できない。
さらに言えば物理法則レイヤーの方が上位であり、強いルールである。


誰でも、信号は無視しようと思えば出来るし、意図せずとも、不可抗力(寝てたとか)によって、簡単に破られてしまう程度のルールに過ぎない。

こうやって、文字にすると、あまりにも当たり前の話。

だけど、そういう事を、子供にキチンと教えているだろうか?


自分は、教わった覚えがない。
自力で気が付いたと言う感じだ。
正直、子供の頃から、それほど要領が良くなく、多分人より大分遅れて気が付いたのだが、その時は、大人に怒りすら覚えた。
「ルールは守りましょう」とか、そんな、ある意味、子供をナメた、バカにした教え方しかしていないのではないか。

思い返してみれば、要領の良い奴は子供の時に既に無意識的にしろ気が付いていたと思われる。

それはルールというものを理解して、利用する能力として現れると思う。

身を守る事だけでなく、上手く生きていくには、そう言う能力が必要なのだと思う。


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京都で立て続けに

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